大好きな絵本や児童書を中心に、小説や漫画のこと、 日々の徒然などをのんびりまったり綴っています
ジョニーくん
2009年07月03日 (金) | 編集 |
ジョニーくん

更新したいんだけど、なんかいろいろあって、なかなか更新できないので、娘の粘土細工でお茶を濁したり…(^^;

「ジョニーくん」というそうです。

「日本に帰化したアメリカうさぎ」という設定まであります。
自分で考え出したキャラクターをおえかき帳にいっぱい描いてて、ジョニーくんもその中のひとつ。

好きなキャラでストラップを作ってくれると言うので、ジョニーくんでお願いしました。

入院中にハマっていた「ふわふわムースのかみねんど」と違い、今使っているのは樹脂粘土なので、それなりに重みもあって丈夫そう。
でも、ケータイにつけてると、いつかどこかへぶつけて割れるかも…。

ケータイの扱いが慎重になりました(^^;


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沼地のある森を抜けて
2009年06月25日 (木) | 編集 |
沼地のある森を抜けて (新潮文庫)沼地のある森を抜けて (新潮文庫)
(2008/11/27)
梨木 香歩

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ひとことで言うなら、「ぬか床から始まる壮大な命の物語」


時子叔母が亡くなったせいで、先祖伝来の「ぬか床」を引き継ぐことになった久美。
それは、久美の曾祖父母が駆け落ちする際に、故郷の島から持って来たという曰く付きのシロモノ。
毎朝毎晩掻き回すという世話を怠れば悪臭を放ち、時には呻き声を上げ、稀に卵(!)が生まれたりする。
そんなもの捨ててしまえばいいと思うのだが、どうやらそうはいかない理由があるらしい。


…こんなぬか床を引き継いだら、あなたならどうしますか?


私なら捨てます。
毎朝毎晩掻き回すって、旅行とか出張中はどうするんですか?
卵から人が湧いてくるって、ホラーですよ、それは。
結婚相手にはなんて説明するんですか?
一生ぬか床に縛られて生きるなんてごめんだー!!!

…と、普通は思うはずで、久美もそうだったのですが、ぬか床の世話と引き換えに時子叔母のマンションをもらうことで、何とか折り合いをつけたのでした。
当初は「呻く」とは聞いていても、卵のことはまだ知りませんしね。


そして、ぬか床を引き取って一週間あまり経った頃、卵発見!
最初の卵から孵ったのはきれいな男の子で、半分透き通っていたその子は、久美が世話を焼いているうちに段々と実体化してきます。
久美の幼馴染のフリオには、その子が小学校時代の親友「光彦」に見えるけれど、久美には、幼い頃のフリオに見えるのです。

どうやら、ぬか床から生じる人々には、見る者(あるいはぬか床に関わった者)の心理が投影されるらしく。


次の卵から孵ったのは、和服姿に三味線をかき鳴らす「カッサンドラ」
のっぺらぼうに口だけの顔、二次元的な両眼は蛾のようにひらひらと部屋の中を飛び回るという、不気味な姿をした女性です。

面白いのは、久美がすぐにこの状況に慣れてしまったこと。
半分透き通っていた「光彦」が徐々に実体化してきた例から、のっぺらぼうの「カッサンドラ」も人間として出来上がる途上なのでは…なんて考えます。


カッサンドラは、おそらく「母性」の中のいちばん暗い部分、どろどろとした情念で構成されたような、そんな印象を受けます。
例えば、聖母のイメージが「正」であるなら、カッサンドラは「負」
全ての女性の中に普遍的に在る、正体の見えない黒い「何か」


やがてカッサンドラは久美が消滅させてしまいますが、消える間際にやっと、かつての優しい母の顔になるのでした。



この「ぬか床」とは、いったい何なのか?


時子叔母の友人から叔母の伝言を聞き、叔母が遺した日記を読んでも、謎はやはり謎のまま。
久美は、両親や叔母の死の真相と「ぬか床」の正体を知るためには、曾祖父母の故郷の島に行くしかないという結論に至ります。

やがて久美は、同じ会社の研究所で酵母の研究をしている風野さんと共に、ぬか床を故郷の島に返しに行くことになるのですが…。


この風野さんという男性が、非常に個性的でユニークです。
女言葉を話し、変形菌に「ケイコちゃん」「タモツくん」「アヤノちゃん」と名前をつけて愛でるような可愛い人ですが、決してニューハーフではありません(笑)
彼が「男」であることを捨て、「無性」であることを選んだ背景は実に壮絶で。


末期癌の母に、死ぬ直前まで家事一切を負わせ、死後に母のことを「結納金のわりには案外もたなかった」と、まるで消耗品のように言う祖父に、怒りのあまり日本刀を抜こうとしたそうです。
父権社会の横暴さに怒りを覚えての行動だったのに、その自分の抗議の仕方が男そのものだったことに愕然として、自分もまた母の死の遠因だったのかもしれないと思い至ったのだとか。



そんな彼もまた、知らないうちにぬか床の影響を受けていて、呼び寄せられるように島へと渡ったわけです。
その島で、ふたりは意外な人物に出会い、久美のルーツや、両親と叔母の死の真相も明らかになるのでした。



本編の二章おきに一章ずつ挟まる「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」というのは、「ぬか床」あるいは島の沼地の中のミクロの世界の出来事を寓話のように書いているのかと思いましたが、説明がないのではっきりとは分かりません。
でも、現実で起きていることと微妙にリンクしている部分があって、そういうキーワードに出くわすと、それが妙に頭の隅に引っかかります。
「シマの話」の「僕」が得意なパンフルートは、本編の「光彦」も出現してすぐに吹いていたし、「僕」につけられた「ロックオープナー」という名前は「水門を開ける者」のことで、これは久美の行動に重なるような気がする…。


梨木さんは、エッセイの中でしばしば「境界」とか「壁」について書かれていたように思います。
解りやすいところでは家の敷地と外を隔てる生垣であったり、意識の上での自己と他者との境界であったり。
「隔てる」というか、逆に言うなら内と外を「作る」もの。

この小説にも、細胞膜、細胞壁、ウォール…といった具合に、自己と他者、内と外とを隔てる(作る)もの、自己規定の拠り所として、あらゆる「壁」が出てきました。

梨木さんがエッセイの中で展開していた思考をもっともっと拡げていくと、こういう小説になるんですね。すごいなぁ…。


あと、風野さんが語る様々な菌の話が、興味深くて面白かったです。
植物の根と共生している外生菌根が作るネットワークとか、風野さんがジョーカーに例えたキラー酵母のこととか。
思えば、あの「キラー酵母=ジョーカー」というのも伏線だったのでした…。



風野さんの「解き放たれてあれ」という言葉と共にもうひとつ、印象深かったある人物の言葉。


世界は最初、たった一つの細胞から始まった。
この細胞は夢を見ている。
ずっと未来永劫、自分が「在り続ける」夢だ。
この細胞は、ずっとその夢を見続けている。
さて、この細胞から、あの、軟マンガン鉱の結晶のように、羊歯状にあらゆる生物の系統が拡がった。
その全ての種が、この母細胞の夢を、かなえようとしている。




この小説のはじまりが「ぬか床」だったことに、読了後あらためて感嘆しました。



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青い花
2009年06月19日 (金) | 編集 |
青い花 (岩崎創作絵本)青い花 (岩崎創作絵本)
(1983/01)
安房 直子

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梅雨時になると、思い出すのがこのお話です。


「かさや」といっても、傘の修繕を生業とする青年がいました。
長雨の後のたくさんの傘の修理で、いつになくたくさんのお金を手にした彼は、大喜びで買いものにでかけます。


さっそく、やねのしゅうりをしよう。
それから、まどにあたらしいカーテンをかけよう

それから、あぶらえのぐを一はこと、あたらしいギターと、それから……



そんなことを思いつつ町へ向かう途中、そぼ降る雨の中、傘もささずに立っているちいさな女の子を見つけました。

その女の子に傘を作ってあげると約束した彼は、自分が買うつもりだったもののことなどすっかり忘れ、傘に張る生地を選ぶため、女の子を連れてデパートへ。
女の子が選んだ青い生地は、白いカーテンの三倍もの値段がしたけれど、青年は迷わず買い求めました。


出来上がった傘を女の子に手渡した時の、ふたりのやりとりが素敵です。


「海の色ににているわ」
と、女の子はいいました。
「うん、ぼくもそうおもったよ」
「このかさをさしていると、まるで青いやねの、いえのなかにいるみたい」
「ああ、ぼくもそうおもった!」
かさやは、すっかりうれしくなりました。



さて、その日を境に、なぜか、小さなかさやの店には「青い雨がさをつくってください」という注文が殺到します。
町じゅうの女の子が青い雨傘をさすようになり、また、そのことが新聞記事になると、注文は更に増えました。


かさやの青年は修繕を断り、ひたすら青い雨傘だけを作り続けます。
修繕のために預かっていた傘はほったらかし。
その傘を取りに来たお客の顔さえ見ようとはしません。


安房直子さんのお話には、しばしば「人」ならぬもの(例えば小人や花の化身)と人との交流が描かれますが、どのお話も人より「人」ならぬものたちのほうが辛抱強くて誠実です。
「人」として彼らに謝りたくなる(笑)


青い傘の注文がぱったりやんで、かさやの店に来るお客が誰もいなくなって初めて、青年は気付くのです。
壊れた傘を取りに来たのが、あの女の子だったことに。


「あたし、なんどもきたの」


女の子はそれしか言いません。責めるでもなく、ただ悲しそうな目をするだけです。
なんだかこの感じ、覚えがあるなぁと思ったら、「まほうをかけられた舌」の小人の「ずいぶんまちましたよ。」という言葉に似ているのでした。

怒っているのではなく、ただ悲しそうなその言葉に、主人公が「ごめんよ」としか言えないところも。
昔話なんかだと、こういう場合「ごめん」で済むことはほとんどありませんが、安房さんのお話はそうではなく。
目先のことに夢中で、たいせつなものを置き忘れてきた人間に、「しかたないなぁ」と苦笑しつつ、それでも待ってくれる優しさが、彼らにはあります。
忘れものを見つけたら、もう一度やりなおそうと手を差し伸べてくれるような。


いちばん最初に、まごころこめて作った傘をなおしながら、青年は思います。


それからあと、じぶんは、どれだけたくさんのかさを、なにもおもわずに つくってきたことでしょうか……。
そして、海の色にも、空の色にもにていない、ただの青い雨がさが、どれだけ町にあふれたことでしょうか。
かさやは、なんとなくぞっとしました。



修理を終えた雨傘を女の子に渡すため、青年は約束の場所へと急ぎます。


雨に滲むような紫陽花の色が、泣いているようにも見えて、悲しい話ではないのに、なぜだか切ない…。



南塚直子さんといえば、版画を見慣れていましたが、この絵本はやさしいパステル画です。
絵本は絶版のようですが、お話だけなら、偕成社の「安房直子コレクション2『見知らぬ町 ふしぎな村』」、岩崎書店のフォア文庫、並びに岩崎幼年文庫「まほうをかけられた舌」にも収録されています。


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思いがけないおくりもの
2009年06月12日 (金) | 編集 |
先日、仲良くしていただいている虹色トレイン♪♪の七色ぽけっとさんから、とっても素敵なプレゼントをいただきました(*^^*)


七色ぽけっとさんのプレゼント企画に参加させていただいて、そっちの抽選にははずれたのですが、残念賞ならぬラッキー賞ということで。
こ〜んな可愛いブックカバーをいただきました!!!

ブックカバー1

もうね、嬉しくて嬉しくて(*^^*)

苺を抱いたクマさんのアップリケに、青いお花の刺繍。
そして、栞の先にも苺が!
何から何まで、可愛すぎる…!!!

ブックカバー2

七色さんのお友だちで、カントリードール作家のくまくまchanの作品だそうです。
ヤフーオークションに手作りの作品を出品されているそうなので、興味のある方はこちらからどうぞ→Peach&Cherry


いや〜、このブックカバー、本好きの私にはまさにストライクゾーンど真ん中のプレゼントでした!


イラストレーターをなさっている七色さんの、ご自身のイラストのポストカードに、手書きのお手紙まで添えてくださって。

ひとから何かを贈られてこんなに嬉しかったのって何年ぶりだろう…(いや、ほんとに!)


手紙もプレゼントも、そのものだけじゃなくて、手紙なら書いている時間、プレゼントなら考える時間、選ぶ時間も相手のために使ってるんですよね。
相手のことを思って書き、何をもらったら嬉しいだろう?と考えながら贈りものを選ぶ。
受け取るほうは、その「時間」も、一緒にもらってるんです。


ひとりひとりにそれぞれ違うプレゼントを考えて、それぞれに手紙を書いて、
七色さん、たくさんの時間と素敵な贈りものを、ほんとうにほんとうにありがとう(*^^*)

そして、素敵なブックカバーを作ってくださったくまくまchan、ありがとうございましたm(__)m
とっても手の込んだ可愛いブックカバー、丁寧なお仕事にうっとりしました!

大切に使わせていただきますね(^^)

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ふゆのはなし
2009年06月09日 (火) | 編集 |
ふゆのはなし (世界傑作絵本シリーズ・スイスの絵本)ふゆのはなし (世界傑作絵本シリーズ・スイスの絵本)
(1971/03)
エルンスト・クライドルフ

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今日は、季節感を全く無視して(いつもたいしてこだわってませんが)、エルンスト・クライドルフの「ふゆのはなし」を。
巻末の作者紹介には「スイスの絵本の歴史のうちで、明けの明星のようにかがやく、詩人作家」とあります。


「ふゆのはなし」は、今年3月に限定復刊しました。
1992年にも限定復刊していて、私が持っているのはその時のものです。
今回もまた、版元の在庫がなくなり次第、重版未定となるそうです。



七年に一度、雪あらしのなかを降りてきて、七人の小人の家を訪ねるという白雪姫。
その白雪姫に会いたくて、七人の小人のいとこの三人の小人が、冬の日の朝、旅に出ます。


旅の途中で出会うのは、
歌の上手な「ウソ」という鳥、
氷の上をスケートですべる氷の精、
小人たちを乗せたそりを引いてくれる親切なリス、
氷のほら穴に座る氷の小人。


やっと辿り着いた七人の小人の家では、十人の小人が白雪姫を囲んで、宴が始まりました。
このお話の白雪姫は、もう小人たちに守られていた少女ではなく、たおやかで落ち着いた大人の女性です。


でも今、あなたたちの家にいるあいだは、わたしは、妃ではないの。
あのころとおんなじ白雪姫だわ。



そう言って、氷の精たちと一緒にスケートに興じ、小人たちのそり遊びや雪合戦を見物する白雪姫。
でもやっぱり、白雪姫より小人たちのほうが子どもみたいです。
白雪姫がいてくれるのが嬉しくて嬉しくて、それはもう、子どものようなはしゃぎよう。


けれど、そんな楽しい時間は束の間。
翌日の夕暮れ、雪のうずに包まれ、雲に乗って、白雪姫は去りました。
まるで雪が見せた幻のように。


「白雪姫は、どこにとんでいったのかねえ?」
と、ひとりがききました。
「雲の中のどこかかな?それとも、雲をこえた、もっと遠くかな?それとも、もっとずっと遠くの、どこかの星の上かしら?」
と、みんなはいろいろかんがえました。
でも、ひとりはいいました。
「白雪姫は、じぶんの国の、じぶんのお城にとんでかえって、じぶんの玉座にすわり、もとのようにお妃になっているのかもしれないよ。」




白雪姫は、もうこの世のひとではないのでしょうか?
小人たちの言葉に、ふとそんなことを思いました。



雪の描写がとても美しい絵本です。

夜明け前は薄紫、朝日が射すと、ほのかなばら色に染まる雪原。
木の枝からさらさらと零れ落ちる、粉砂糖のような雪。
白雪姫を包む雪のうず。

繊細で、どこかしっとりとした美しい絵柄です。


残念ながらamazonには画像がなくて貼り付けられませんでしたが、商品ページへ行くとカスタマーによる投稿画像が見られます。

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