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尾崎 翠 (ちくま日本文学 4)
尾崎翠 (ちくま日本文学 4)尾崎翠 (ちくま日本文学 4)
(2007/11/20)
尾崎 翠

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ちくま日本文学 第4巻 「尾崎 翠」です。

先日、ブログに書いた「第七官界彷徨」のほか、「こおろぎ嬢」「地下室アントンの一夜」「歩行」「山村氏の鼻」「詩人の靴」「新嫉妬価値」「途上にて」「アップルパイの午後」「花束」「初恋」「無風帯から」「杖と帽子の偏執者」「匂い」「捧ぐる言葉」「神々に捧ぐる詩」が収録されています。


「第七官界彷徨」以外では、「アップルパイの午後」がいちばん好き。
これまた、タイトルからして昭和四年に書かれた作品とは思えないセンスです。

短い戯曲で、登場人物は兄と妹と、最後にちょっとだけ出てくる兄の友達のみ。
ちょっとだけとは言っても、この友達がとても重要な役割を担っているのですが。


舞台は最初から最後まで部屋の中。
向かい合った机に座る兄と妹の、テンポが良くてコミカルなやりとりが楽しい。


「心臓に手を置いて考えてみろ。
(中略)
いったいお前は二十歳の今日まで誰に、誰に恋をしたことがあるんだ。

どんな女だって二十歳まで もし独りでいたら、心臓に二つや三つの孔はあいてるんだ。
これがほんとの女なんだ。
ところがお前ときたら かすり傷一つないじゃないか。




ぎっくーん!

↑まさにこういう擬音語がぴったりの、胸に突き刺さる言葉(笑)
…これ、私が二十歳の頃に言われてたら、この言葉で心臓に穴が…。



作者は、三番目の兄が東大農科在学中に、兄を頼って上京したことがあるそうで、年の頃もこの兄妹と同じなら、兄の下宿に妹が転がり込むという状況も同じ。
まさかオチまで同じということはないにしても、似たような兄妹喧嘩はしたかもなぁと思います。

そしてこの三兄は、「第七官界彷徨」の二助と同じ、主に肥料についての研究をしていたとか。


「第七官界彷徨」のヒロイン小野町子は、「地下室アントンの一夜」と「歩行」にも登場します。
この二編は対のようになっていて、前者は土田九作という詩人の視点で、後者は小野町子の視点で書かれたもの。

二編とも「第七官界彷徨」より後に書かれた作品ですが、時系列がどうなっているのかは不明です。
果たして、「第七官界」の前なのか、後なのか。


いずれにしても、ここでも町子は失恋していて、尚且つ他の誰かからは想いを寄せられているのでした。

幸田当八氏曰く、「三人のうち、どの二人も組になっていないトライアングル」


その後、彼女の恋が叶うことはあったのか否か。
尾崎翠という作家は、あまり多くの作品を残さなかったので、それはわからないまま。



最後に、「アップルパイの午後」の兄の言葉と同じくらい心に残った、「地下室アントンの一夜」の土田九作氏の言葉を。


「人間の肉眼というものは、宇宙の中に数かぎりなく在る いろんな眼のうちの、わずか一つの眼にすぎないじゃないか。」


犬の眼には世界がモノクロに見えるとか、ミツバチの眼には紫外線が見えるとか、そういうことを知った時の不思議な感動が蘇ってきました。
今、自分の眼で見ている世界が、他の者にも同じように見えているとは限らないということ。
存在する眼の数だけ、世界が存在するということ。


明治生まれとは思えない作者の感性に、どこまでも驚かされます。



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[2010/01/21 15:07] 尾崎翠 | トラックバック(0) | コメント(2) | @
第七官界彷徨
第七官界彷徨 (河出文庫)第七官界彷徨 (河出文庫)
(2009/07/03)
尾崎 翠

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私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。



「第七官」とは、おそらく人間の五官をはるかに超えた器官の意味なのだろうけれど。
「そんな詩を書きたい!」と願っている当の小野町子にさえ、それがどんなものなのかわかっていない。

でも、言わんとすることは伝わる(笑)


分裂心理病院に勤める医師である長兄 一助。
植物学を研究している大学生の次兄 二助。
音楽予備校に通う浪人生の従兄 佐田三五郎。

そんな三人に途中から町子が加わった、借家での奇妙な共同生活。


もう、この四人の組み合わせだけで充分に面白いが、特に二助の部屋の様子がすごい。
広い部屋の床の間いちめんが二十日大根の畠で、大きな古机の上には蘚(こけ)が並び、あたかも植物園の様相を呈しているのである。
(後にこの床の間は、蘚のサロンに替わる。)



「二助の蘚が今晩から恋をはじめたんだ。」


この一言で、魂がどこかに持っていかれたかと思った(笑)
そのくらい驚いた。

とてもじゃないが、昭和六年に発表された作品とは思えない。
これが明治生まれの女性のセンスか?

今、私が読んで驚くくらいだから、昭和六年当時この作品を読んだ人たちには、更に衝撃的だったのではなかろうか。
きっと、今まで読んだどの小説とも違う、摩訶不思議な感覚にとらわれたと思う。


「人間が恋愛をする以上は、蘚が恋愛をしないはずはないね。
人類の恋愛は蘚苔類からの遺伝だといっていいくらいだ。
(中略)
人類が昼寝のさめぎわなどに、ふっと蘚の心に還ることがあるだろう。
じめじめした沼地に張りついたような、身うごきのならないような、妙な心理だ。」



二助は大真面目にそう語り、「肥料の熱度による植物の恋情の変化」という論文まで書いている。

しかも同居人の誰一人として「蘚が恋をはじめた」ことを否定しないのである。


ここまで読んで、はたと思ったのは、この物語世界そのものが現実と微妙にずれた異次元なのではないかということ。

別に魔法使いや超能力者が出てくるわけでもなく、SFでもファンタジーでもないというのに、どこか言うに言われぬ違和感があるのだ。


町子は兄たちを「兄さん」とは呼ばないし、兄たちに至っては町子を「うちの女の子」と呼ぶ。
町子と三五郎には幼い頃から接吻の習慣があり、それがまた少しも性的なものを感じさせない。
町子の祖母など、ふたりのその様子を見て「ああ、仲のよい兄妹じゃ、いつまでもこのように仲よくしなされ。」と言ったそうである。(兄妹ではなく従兄妹なんだけどね…。)



音程のはずれたピアノがコミックオペラを奏で、二助が煮るこやしの匂いが漂う中、蘚の恋愛ばかりが花ざかりで、ひとの恋はちっともうまくいかない。
四人が四人とも、誰かに失恋している。

その恋愛も失恋も、なぜか現実味がなく、ふわふわとして、この物語全体に漂う蘚の花粉(!)のように正体が掴めない。

「胞子」ではなく「花粉」というのも、作者が意図的にそうしたのだろうけれど…。


まさしく、「第七官界」をさまよってきたような、なんとも表現し難い読後感。



言い回しや小道具は昭和一桁に違いないが、感覚がとても新しい。

「第七官界彷徨」という、不思議な響きのタイトルが美しく、また、尾崎翠(おさき みどり)という作者の名前まで美しい。


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[2010/01/13 14:35] 尾崎翠 | トラックバック(0) | コメント(0) | @
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