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ぼくの夢発、不可思議ゆき
ぼくの夢発、不可思議ゆき (学年別こどもおはなし劇場 (5年生))

兆より上の数の単位を知ってる人って、どれくらいいるんだろう…?

私が知ってたのは「京」までで、いつだったか娘が読んでいた「週刊 そーなんだ!」で初めて無量大数までの単位を知った。


一、十、百、千、万、億、兆、京(けい)、垓(がい)、𥝱(じょ)、穣(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、正(せい)、載(さい)、極(きょく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数。


「恒河沙」や「阿僧祇」なんて、まるで仏教用語みたいだと思ったら、ほんとにそうだった。
ちなみに、「那由他」も「不可思議」も仏教用語である。


この本のタイトルに使われている「不可思議」は、この数の単位のこと。
無量大数(=無限)の、ひとつ下。


塾帰りの「ぼく」(茂)が、電車の窓から夜景を眺めているうちに、ふっと遠くに行きたくなって、わざと電車を乗り過ごす。

…くたびれたサラリーマンみたいな小学6年生である(笑)

でも、無理もない。
小学生が週に五日も、家に帰るのが夜の10時になるってどーなの。
そこまでしないと将来まともな職に就けないってか?
イマドキの子どもはたいへんだねぇ。

…なんて思ったが、この本が出たのは1985年。
今から25年も前で、その頃は私も子どもだった。
でも、周囲の誰もそこまで必死になってなかったぞ。
習い事といえばそろばんにピアノ、お習字くらいで、親も「学校の宿題さえちゃんとやってれば問題ない」と思っていたフシがある。

あれって単に、私の実家が田舎だったからで、あの頃も都会の子どもたちは こんなハードな塾通いをしてたんだろうか?


…まあ、それはともかく、茂が「行ってみよう!」と思い立って降りた「つきみ野」の駅は、 記憶にあるものとはまるで違っていた。
いちめんのすすき野原はなくなり、ぎっしりと家が建ち並ぶ住宅街になっていたのだ。


がっかりして、意気消沈した茂は、「風見野」という聞いたこともない駅に向かう電車を見た途端、今度はそれに飛び乗る。
この時点で、茂の旅は現実からズレ始めたと思われる。
常に分厚い時刻表を持ち歩くような鉄道マニアが、聞いたこともない駅名を掲げた電車に不信感も抱かず軽々しく飛び乗ってはいけない。
いや、茂はそれでよかったみたいだから別にいいけど…。


「風見野」の駅を出れば、そこはどこまでも続くいちめんのすすき野原で、茂は「那由他」と名乗る不思議なおじいさんに出会う。

聞けば那由他さんは、かつて北海道の愛別駅で駅員をしていて、60年前のある雪の日に、ふっと汽車に乗り込んでそのまま風見野に来たのだと言う。

60年前、耳からタバコの煙を吐く男の話を聞き、毎日そのことを考えているうちに自分でもやってみたくなったのだそうだ。
それからはずーっと、すすき野原の中のよもぎの生えたくぼ地で、毎日タバコを喫い続けている。


「おじいさん、ぼくもここにいていい?」
「いや、ここは、わしの場所だ。ぼうやの場所はほかにあるよ」
「どこに?」
「それは、ぼうやがさがすんだ。自分がほんとうにやりたいことを、じっと考えてごらん。そうすればきっとみつかるさ」



那由他さんと別れた茂が次に乗り込んだのは、「風見野発、不可思議行き」の最終電車だった。

どこへでも、茂の行きたいところへ行けるという夢の電車。

どうやらこの電車には、時間も空間も関係ないらしい。



日常からちょっとだけ外れた冒険のつもりが、話があらぬ方へとどんどん広がっていき、広げた風呂敷をどうやってたたむのかと思っていたら…
たたまれないまま終わった(笑)


「自分がほんとうにやりたいこと」って、12歳やそこらで見つかるものだろうか?
もちろん、稀に子どもの頃の夢を大人になっても抱き続け、それを実現させてしまう人もいるにはいる。

でも、たいていの人は、現実の生活の中で、辛いことや楽しいこと、悲しいことや嬉しいことを積み重ねていくうちに、徐々に見えてくるものではないかと思う。


現実逃避して自分探しの旅なんか始める前に、茂はまず、ふらっと遠くへ行きたくなるような現状を打開すべきではないのか。
北海道にある終着駅を全部訪ねてみたいのなら、両親に頼むなり、大人になるまで待つなりすればいいし、週五日の塾通いが嫌になったのなら、やめて家で好きなことをしたり友だちと遊んだりすればいいと思うのだが。


那由他さんにしても、「自分のほんとうにやりたいこと」が耳からタバコの煙を吐くことだったのなら、(余計なお世話かもしれないが)あまりにも人生舐め過ぎだ。
ほんとにそれで悔いはないのか。



いつもと同じ道を歩いているつもりが、知らないうちに異世界に迷い込んでいた…というような話が、私はわりと好きなのだが、このお話はどうにも不完全燃焼だった。

絶版だけど、今後も復刊することはおそらくない。

なにしろ、絵本だか紙芝居だかで、職人さんがタバコを銜えている絵があっただけで問題になるようなご時勢、60年間もタバコの煙を耳から吐く方法を考えている愛煙家のおじいさんや、子どもを乗せた車を銜えタバコで運転するお父さんが出てくるような児童書は、もはや受け入れられまい…。


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テーマ:児童書 - ジャンル:本・雑誌

[2010/04/21 15:25] 千葉尚子 | トラックバック(0) | コメント(6) | @
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