ザ・ギバー 記憶を伝える者
ザ・ギバー―記憶を伝える者 (ユースセレクション)ザ・ギバー―記憶を伝える者 (ユースセレクション)
(1995/09)
ロイス・ローリー

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犯罪も飢餓もなく、あらゆる苦痛が取り除かれた理想社会。

気候がコントロールされ、人々の喜怒哀楽の感情さえも抑制され、全てを長老会によって管理された規律正しいコミュニティーは、一見ユートピアにも思える。

しかし、 一律に職業任命を受ける12歳の儀式で、次代の「記憶を受けつぐ者」に選ばれた少年ジョーナスは、訓練の過程で徐々にコミュニティーの在り方に疑問を持ち始めるのだった。


…今、私たちの社会が抱える問題を全て解決しようとすると、その答えがこのコミュニティーになるのだろうか?
嫌だな。


コミュニティーでは、12歳になると必ず、長老会が個々の適性を綿密に検討した上で決定した「職業任命」を受ける。

任命を受けた翌日から、学校が終わるとそれぞれの職業訓練へと向かうのである。

驚いたことに「出産母」という職業もあり、これは、他の仕事に比べるとはるかに短い訓練期間の後、3度の出産を終えるとお役御免となり、「老人の家」に入るまでは厳しい肉体労働が義務付けられる。
なくてはならない仕事ではあるが、名誉ある仕事だとは思われていない。

「出産母」は、正しく「産むだけ」の仕事で、育児は養育センターに任される。

12月ごとに、その年に生まれた子どもがみんなそろって1歳になり(ということは、個々の誕生日はこの先も重視されない)、長老会による名づけ式が行われ、長老会によって決められた家族ユニットへと迎え入れられる。

ひとつの家族ユニットにつき、子どもは男子1人女子1人。
ちなみに、家族ユニットに祖父母は含まれない。

子ども達が独立すれば、両親は「子が離れたおとな」たちのところで暮らすようになり、やがては「老人の家」に入り、そこで万全の世話を受ける。


仕事も配偶者も子どもも、自分で選択するのではなく、長老会によって決められ、与えられるのである。


…SFならばありがちな設定かもしれない。でも、微妙な違和感がある。
その違和感の正体が明かされた時には、あっと驚く。
「画一化」がここまで徹底されていたとは!



ジョーナスが、コミュニティーにただ一人の「記憶を受けつぐ者」に選ばれた時から、それまで「記憶を受けつぐ者」だった長老は「記憶を伝える者(ザ・ギバー)」となり、ジョーナスに全世界全時代の記憶を少しずつ移していく。

「移す」と表現したのは、単に話して聞かせるのではなく、記憶の「転移」に近いから。

ジョーナスに記憶を移してしまえば、ザ・ギバーにはその記憶はなくなるし、移されたジョーナスは記憶とともに痛みも飢えも体感する。

もちろん、楽しい記憶もたくさんあって、ザ・ギバーは 優しい心遣いから、訓練の終わりはいつも楽しい美しい記憶で締めくくってくれるのだった。

牙を採るためだけに殺される象、戦場で目の前で死んでいく少年兵、狂おしいほどの飢え、あるいは雪の積もった丘でのそり遊び、湖でのヨット遊び、クリスマスのお祝いをする家族の情景。

はるか昔のそんな記憶を受け取っていくうち、ジョーナスには感情が芽生え始める。


「ぼくのこと、愛している?」


両親にそう問いかけた時のジョーナスの気持ちを思うと、切ない。

彼はきっと、どんな答えが返ってくるか見当がついていて、それでもほんの少しの希望を握り締めていたんだろうに。



「記憶を受けつぐ者」とは、コミュニティーの全ての人々に代わって記憶を封じ込めておくための容れ物。
苦痛を肩代わりさせるために選ばれたスケープ・ゴートだった。

前例のない事態に直面した時、過去の記憶に照らし合わせて、長老会に的確な助言ができる智恵の源でもある。


訓練の内容を口外することは禁じられているため、ジョーナスとザ・ギバーにとって、記憶を分かち合えるのはお互いしかいない。
感情を持っているのも、二人だけ。


「記憶を持っていていちばんつらいのは、苦痛ではない。孤独だ。記憶は誰かと分かち合わなくてはならないのだ」


今ではジョーナスがあたりまえのように持っている美しいものを、言葉ではなく別の方法で、大切な家族や友だちに伝えようとしても伝わらないのがもどかしい。

悲しい記憶も楽しい記憶も、他のみんなが見たことのない美しいものも、自分の中だけに閉じ込めておかなくてはならないのは、確かにどうしようもなく寂しいことだと思う。


だからといって、今更何も変えることは出来ないと諦めていた二人だったが、ある日の出来事をきっかけに、コミュニティーの在り方を変えようと命懸けの決意をする。



…「リリース」という言葉が何を意味するのか、大人の読者なら早い段階で見当がついてしまうが、それでも「やっぱりそうだった」と知れば落胆する。
「そうでなければいいのに」と思いながら読んでいたので。

まさに、なんちゃってユートピアの落とし穴というか。

両親が、いちばん手のかかる乳児期の子どもの世話をする必要がなく、親の介護をする必要もなく、失業の心配もなく、飢える心配もない。

こんな社会を維持しようと思えば、必ずどこかに歪みが生じる。

そもそも家族ユニット自体他人の寄せ集めで、家族ごっこの延長みたいなものだから、既にそこから不自然なんだけど。



「変えることはできるんだよ、ゲイブ」

「いまとちがう仕組みにできるんだ。どうやればできるのかわからないけど、でも、なにか変える方法があるはずだ。」

「愛も手に入るよ」



ジョーナスが、生まれて初めて自分で選んだ道のその果てに、光が差していることを願ってやまない。




…児童書の表紙がこれだと子どもたちに敬遠されるのでは?と思うが、作者が カール・ネルソンというこの画家の写真を使ったのには理由がある。

今年の1月に「ギヴァー 記憶を注ぐ者」のタイトルで出た新訳版の表紙は、さすがにもっと取っ付きやすい絵になっていたけれども。



最後に、余談ではあるが、訳者あとがきによれば、作者ロイス・ローリーは11歳から13歳までの3年間を占領下の日本で過ごしたそうである。

父親が、連合国軍最高司令官マッカーサーの歯科医だったため、駐留軍家族の専用居住地区ワシントン・ハイツの住人だった。

鉄条網に囲まれたワシントン・ハイツには、学校も図書館も教会も映画館も、なんでも揃っていたため、外の社会と交渉を持つ必要などなかったにも関わらず、ロイスは大人たちの目を盗んで毎日のように自転車で渋谷の街をうろつきまわったという。

この時の経験がヒントの一つになって「ザ・ギバー」を書き上げたそうである。


ギヴァー 記憶を注ぐ者ギヴァー 記憶を注ぐ者
(2010/01/08)
ロイス ローリー

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テーマ:児童書 - ジャンル:本・雑誌

[2010/09/24 17:17] ロイス・ローリー | トラックバック(0) | コメント(0) | @
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