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佐藤亜紀「天使―Der Engel―」
天使 (文春文庫)天使 (文春文庫)
(2005/01)
佐藤 亜紀

商品詳細を見る
たまには小説も…ということで、佐藤亜紀さんの「天使」です。
「天使」の姉妹編ともいえる「雲雀」が今年になって文庫化されたので、嬉々として二冊まとめて購入しました。
ファンタジーノベル大賞を受賞した伝説的デビュー作「バルタザールの遍歴」は、デビュー作だなんて初々しさの欠片もない傑作だったので、「天使」にも大きな期待を寄せて。


大酒呑みのヴァイオリン弾きの養父とともに暮らす十歳のジェルジュが、養父の死後、"顧問官"と呼ばれる男に引き取られるところから幕を開ける物語。
歴史小説にSFやスパイものの要素を織り交ぜた小説、というと、軽めのエンターテインメントのように聞こえてしまうけれど、磨き上げられた硬質な文体にそんな軽さはどこにもありません。
純然たる文学作品。



↓長いので、興味のある方だけこちらから続きをどうぞ。

舞台は第一次世界大戦前夜のウィーン。
"顧問官"とは、諜報組織を指揮するアルトゥール・フォン・スタイニッツ男爵。
彼らが"感覚"と呼ぶ特殊能力を具えたジェルジュは、紳士に必要とされるあらゆる教養のほか、"感覚"を制御することを要求されます。


"感覚"とは、五感の外にあるもの。人の知覚や記憶さえも操り、時には触れずして人を死に追いやることもできるほどの力。
しかしこの力は、ジェルジュにとって恵みではなく呪いであり、十六歳の時、「感覚を潰したい」と願った彼は実際にそれを試みるのです。
即ち、"感覚"を完全に開放して、自分から切り離すことを。


中庭の木に小鳥が来ているのを見付けた。
小さな体の重みや羽毛のふくらみ、陽の光に溶けて滴る枝先の水滴まで感じ取れた。
彼はその暖かい塊を手の中に包み込むように感覚で包んだ。
それから、軽くつついた。小鳥は驚いて飛び去った。
更に体の力を抜いた。捉えられる全てのものが眩いくらいに鮮明になり、影は濃さを増した。



解説でも引用されていた、この箇所を含めた前後の文章は、ため息が出るほどの美しさです。
この後、結局ジェルジュは、この方法で感覚を潰すことは不可能だということを悟り、顧問官の指揮下、やがては密偵として暗躍することになるのですが…。


この小説には、時代背景や人物についての説明は、全くと言っていいほどありません。
サラエヴォ事件のあたりでやっと見当がつくくらい。
ついでに言えば、ジェルジュの容姿に関する描写もないので、これはもう、彼に関わる女性たちの言葉や態度で推し測るしかないかと。
レオノーレという女性が、ジェルジュの瞳に見入り「薄い灰色の瞳が、一日に百度も、ほんの一瞬で表情を変える」と言うくだりを読めば、さぞや魅惑的な青年に成長したのでしょう。


それにしても、どうしてこんな小説が書けるのか。


ベオグラードに向かう、志願兵を乗せた列車の中の、熱に浮かされたような狂騒。
あるいは、戦時下のウィーンの、草臥れた薄暗いカフェ。
砂糖抜きの代用コーヒー。


まるで、その時代、その国の空気を吸ったことのある人の回想のようです。


読み進むうちに、無関係だと思っていたいくつかのエピソードが繋がり、ジェルジュの生い立ちが明らかになっていくのは、まさに読書の至福。


個々のエピソードは、しばしばパズルのピースに例えられますが、読書の醍醐味がそのパズルのピースを組み合わせ、一つの絵を完成させることだとしたら、その醍醐味を極限まで追求したらこんな小説になるのかもしれません。
この小説に限っては、そのパズルはこぼれたミルクの形をしていて、完成させるのは容易ではなく、だからこそ完成したときの満足感もひとしおです。


時代背景や登場人物、"感覚"についての説明がないというのは、読んでいるうちに解るだろうという作者の意図か、それとも読者を自分と同じ位置に置いてのことか、はたまた読書の醍醐味を追求した結果か。


確かに、読み進むうちに解ってきます。
ただ、ジェルジュは、ドイツ語読みで「ゲオルク」と名乗ったり、ロシア語読みの「ゲオルギー」を偽名にしたりしますし、名前しか出てこないような端役にはちょっと混乱するかも。
ペトラシェフスキーって誰?ドローネーって誰?なんて焦ってはいけません。
ほとんど名前だけしか出てこない彼らは、"感覚"を持った工作員、ジェルジュの同士です。
引き続き登場する主要人物ならば、読み進むうちに何者なのかちゃんとわかりますから。


ジェルジュをはじめとする、脅威とも言える"感覚"を持つ者たちが、束になってかかっても動かせない歴史の大きな流れ。
それを解っていて尚、駒として動く彼ら。
同士(?)であるケーラー少佐が、「ゼンダ城の虜」を引き合いに出してジェルジュに問うシーンが印象的です。


「そういう馬鹿話の中にいるような気がしないか」
「これは馬鹿話だよ」
「じゃ、なんで私を巻き込んだ」
「他に帝国を救う手立てを思いつかない。三人か四人でも、兎も角やるしかない。だが多分失敗するとも思ってる。」



そしてジェルジュの、斜に構えながらも真実を突いたこの一言。


「三人か四人で引っかき回せたら、その国はおしまいだよ」



歴史や政治に造詣の深い人ならば、もっともっとこの小説を堪能できるのでしょう。

読み終えた後は、快い充足感とともに、"感覚"を酷使したような疲労に襲われます。


蛇足ながら、ジェルジュが出会う女性たちの中で、私は陸軍元帥夫人レオノーレがいちばん好きです。
奔放でありながら聡明で、ジェルジュと同じ"感覚"の持ち主である彼女の発する言葉は、時に詩のよう。


「ペルシャの仙女たちの翼のような、極彩色の軽くて暖かい感覚に包まれたような」とジェルジュが回想する、彼女が拡げた"感覚"の翼にゾクゾクします。


説明というものをぎりぎりまで削ったことによる読み難さをクリアすれば、文体の美しさに酔い痴れ、パズルのピースを繋ぎ合せることで読書の至福が約束される、そんな小説です。

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[2007/11/25 00:55] 佐藤亜紀 | トラックバック(0) | コメント(0) | @
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